スペイン人は日本人やアジア人と戦ったことがあるのでしょうか。実は「倭寇」という海賊集団とスペイン人の兵との戦いがありました。それは1582年のカガヤンの戦いです。この記事では倭寇が誰だったかと、何があったかを少し調べましょう。
このカガヤンの戦いは1582年に行われ、倭寇という日本人、中国人、朝鮮人の海賊とスペイン兵の戦いでした。しかし、倭寇はどのような人々だったのでしょうか。
この倭寇という集団は15世紀に元々日本人による海賊でした。九州で水軍という集団がありました。この集団は商人、漁民、日本人の集団でしたが、朝鮮の海賊も加わっていました。この海賊が略奪を中心とした生活をしていました。しかし16世紀に入ると、このアジア人の海賊集団が東南アジアに向かって、略奪行為の生活を続けました。
当時スペイン人やポルトガル人がフィリピンにいて、この倭寇のことを聞きました。スペインの王フェリペ2世の命令に従って、倭寇と戦うためにたくさんの軍船を送り、戦いが行われました。倭寇集団の人数がスペイン人よりずっと多かったが、結局スペイン人のほうが勝利でした。なぜなら、倭寇が槍や刀などの武器しか使っていなかったから、防御が難しかったからです。スペイン人は剣と盾を両方使っていたから、スペイン人の武力のほうが強かったと思われています。勝利の他の理由は、倭寇は逃げようとした時、鎧が鉄などの材質で作られたから、水で泳ぐことができず、沈んで亡くなってしまいました。
16世紀の倭寇は日本人だったかということに、意見の相違があります。ある方々が日本人の浪人や足軽の集団だったと思いますが、ほかの方々が16世紀の当時はアジア人海賊の集団だったと思っています。日本人と全然関係がない集団だったと思います。少なくとも、明確なことはスペイン人はアジアの兵に対して戦って、人数が少なかったにもかかわらず、勝利を収めました。
スペイン人は倭寇と三回出会って、スペイン人の兵の勝利の後で倭寇が逃げてしまいました。しかし、逃げた倭寇の刀が残り、スペイン人の剣士に拾われました。この倭寇は些細な出来事ではなく、明の皇帝が海禁令を出し、明や朝鮮が倭寇の活動を取り締まるために色々な対策を出しました。

